中小企業の経営課題に異変――「人材確保」から「経費増大」へ

これまで多くの企業にとって最大の悩みの一つは、「人が採れない」ことでした。

中小企業の経営課題に、変化の兆しが見えています。

しかし、2026年に入って、中東情勢の悪化による原油・エネルギー価格の上昇、原材料費、物流費、人件費の上昇が重なり、企業経営における「コスト」の問題が急速に大きくなっています。

象徴的なのが、2026年9月に公表された新潟市内企業の調査です。

新潟・新津・亀田の3商工会議所が実施した「経営諸課題実態調査」では、経営課題として最も多かったのが、

「経費の増大」24.6%

でした。

前年から4.1ポイント上昇し、前年までトップだった「人材の確保」を上回りました。

これは単なる順位の入れ替わりではありません。

中小企業を取り巻く経営環境そのものが、次の局面に入りつつあることを示しているのではないでしょうか。


つくば市では「人材不足」が最大の経営課題だった

つくば市が2025年3月に策定した「第2次つくば市産業戦略」を見ると、それまでの中小企業経営の課題がよく分かります。

市内の第3次産業の事業者を対象とした調査では、「現在、事業所・店舗が困っていること」として、

  1. 人材不足 44.6%
  2. 売上の伸び悩み 41.3%
  3. 営業経費の増加 28.3%
  4. 粗利益の低下 27.2%

という結果でした。

トップは明確に「人材不足」です。

実際、同調査では従業員の充足度について「不足」とする企業が5割を超えており、つくば市も産業を支える人材の確保を重要な課題として位置づけています。

これはつくば市だけの問題ではありません。

日本商工会議所が2026年7~8月に全国2,654社を対象に行った調査でも、60.0%の企業が「人手不足」と回答しています。

建設業では77.4%、運輸業では72.2%、介護・看護業では70.5%に達しています。

したがって、人材不足という問題が解消したわけではありません。

むしろ現在起きているのは、

「人材不足」という大きな問題を抱えたまま、その上に「コスト高」という新たな問題が加わった

ということです。


新潟では「人材確保」を「経費増大」が上回った

その変化を象徴するのが、新潟市の調査です。

2026年6月29日から7月15日に、新潟、新津、亀田の3商工会議所が6,256社を対象として調査を実施し、381社から回答を得ました。

そこで最大の経営課題となったのが「経費の増大」でした。

前年の調査では、

  • 人材の確保 23.4%
  • 経費の増大 20.5%

と、人材確保がトップでした。

ところが2026年度には、「経費の増大」が24.6%まで上昇し、人材確保を逆転しました。

さらに、中東情勢による影響を「受けている」と答えた企業は66.4%に達しています。

新潟商工会議所の調査だけで、全国の中小企業の経営課題が一斉に変化したと結論づけることはできません。

しかし、この変化は他の全国調査と照らし合わせると、決して局地的な現象には見えません。


全国でも企業の9割超が中東情勢の影響を受けている

日本商工会議所・東京商工会議所は2026年5月、全国2,497社を対象に「中東情勢の緊迫化による中小企業へのエネルギー等の影響調査」を実施しました。

その結果、9割を超える企業が何らかの経営上の影響を受けていることが分かりました。

具体的には、

  • 仕入価格の高騰 74.8%
  • 燃料価格の高騰 62.9%
  • 物流費の高騰 38.7%

となっています。

つまり、原油価格の上昇はガソリン代だけの問題ではありません。

原油や天然ガスの価格上昇は、

  • 輸送
  • 電力・エネルギー
  • 化学製品
  • プラスチック
  • 包装資材
  • 建設資材
  • 食品製造

など、サプライチェーンの広い範囲に波及します。

企業にとっては、一つのコストが上昇するのではなく、複数のコストが同時に上昇することになります。


最大の問題は「コストが上がること」だけではない

ここで特に重要なのが、価格転嫁です。

先ほどの日本商工会議所の調査では、コスト増加分について、

「価格転嫁できている・一部できている」企業が46.6%

である一方、

「ほとんど価格転嫁できていない・していない」企業が48.4%

となっています。

ほぼ半数の企業が、上昇したコストを十分に販売価格へ転嫁できていないのです。

中小企業庁の「価格交渉促進月間」フォローアップ調査でも、2026年3月時点のコスト全般の価格転嫁率は54.2%でした。

原材料費は55.7%、労務費は50.0%、エネルギーコストは48.9%です。

改善は進んでいますが、逆に言えば、上昇したコストのかなりの部分を中小企業自身が吸収していることになります。

ここに現在の中小企業経営の大きな危険があります。


建設業では「受注した仕事そのものが赤字になる」

この問題が特に深刻なのが建設業です。

建設工事では、契約してから資材を購入し、工事を完成させるまでに長い時間がかかります。

たとえば、

契約時点では、

請負金額 1億円
予想原価 8,500万円
予定利益 1,500万円

だった工事があったとします。

ところが施工までの間に、

  • 鋼材価格が上がる
  • コンクリート価格が上がる
  • 燃料費が上がる
  • 職人の人件費が上がる
  • 外注費が上がる

といったことが重なり、原価が1億円を超えてしまえばどうなるでしょうか。

売上は契約時の1億円のままなのに、

工事を完成させるほど赤字が拡大する

という状態になります。

実際、建設業界ではこうした価格変動リスクが以前から問題となっていました。

国土交通省の調査では、建設工事の契約について、資材価格上昇などに対応する契約変更条項が「ない」契約が59%に上っていました。

このため、2024年の建設業法改正では、資材価格高騰に伴う請負代金の「変更方法」を契約書に明記する仕組みが導入されています。

さらに、資材価格の高騰が予想される場合、受注者から発注者にその情報を伝え、実際に高騰した場合には請負代金変更について協議できる仕組みも設けられました。

制度が改正されたこと自体が、それだけ建設業における価格変動リスクが大きな問題になっていることを示しています。


物価高による倒産は、すでに現実になっている

そして、この問題は単なる「利益率低下」にとどまっていません。

倒産にまでつながっています。

帝国データバンクによると、燃料、原材料、人件費などのコスト上昇を十分に価格転嫁できず、収益を維持できなくなった企業の「物価高倒産」は、2026年上半期だけで、

556件

発生しました。

前年同期の449件から23.8%増え、半期としては調査開始以来最多です。

その中でも最も多かった業種が、

建設業の151件

でした。

前年同期は118件ですから、約3割増えています。

建設業の物価高倒産のうち、鋼材、木材、コンクリートなどの「原材料高」を要因とするものが65件ありました。

それだけではありません。

職人不足による外注費の上昇、人材確保のための人件費増加も経営を圧迫しています。

さらに2026年7月には、物価高倒産が単月で121件発生し、過去最多を更新しました。

このうち建設業は42件で、やはり全業種で最多でした。

つまり、

「契約は取れた。しかし、コスト上昇によって利益が出ない」

という問題は、すでに企業の存続を左右する段階に入っています。


10月には3,153品目の食品が値上げ

企業のコスト上昇は、家庭にも広がっています。

帝国データバンクによると、主要食品メーカー195社において、2026年10月に値上げされる飲食料品は、

3,153品目

に上ります。

平均値上げ率は約10%です。

分野別では、

  • 酒類・飲料 1,399品目
  • 調味料 820品目
  • そのほか加工食品、冷凍・チルド食品、乳幼児向け食品など

幅広い商品が対象となっています。

2026年の値上げ品目数は、1~12月の判明分ですでに、

2万187品目

となり、2年連続で年間2万品目を超えました。

値上げの要因を見ると、

  • 原材料高 91.3%
  • エネルギー 63.8%
  • 中東情勢 27.8%

となっています。

中東情勢を起点とした原油・ナフサ価格の上昇に、人件費や物流費、円安といった国内外の要因が重なっています。

つまり、現在のコスト高は、一つの原因が解消すれば元に戻るという単純なものではありません。


人材不足からコスト高へ――ではない

ここで重要なのは、

「人材不足の時代が終わり、コスト高の時代になった」

と考えないことです。

日本商工会議所の最新調査では、依然として中小企業の60%が人手不足です。

その一方で、原材料費、エネルギー費、物流費、人件費も上昇しています。

つまり現在の企業経営は、

人が足りない。
採用するためには賃金を上げなければならない。
しかし原材料もエネルギーも物流費も上がる。
そして、そのコストを販売価格へ十分に転嫁できない。

という状態になっています。

したがって、これは「人材不足からコスト高への転換」というより、

「人材不足 × コスト高」の複合危機

と捉える方が正確です。

新潟市で「経費の増大」が「人材の確保」を上回ったという出来事は、この構造変化が表面化した一つの象徴と見ることができます。


中小企業は何をすべきか

では、この環境下で中小企業は何をすべきでしょうか。

私は、少なくとも次の5つの経営改革が必要だと考えています。

1.売上ではなく「粗利益」を見る

売上が伸びているから安心、とは言えなくなりました。

たとえば売上が10%増えても、材料費や人件費が15%増えれば、利益は減ります。

これから経営者が見るべきなのは、

「いくら売れたか」ではなく「その仕事でいくら残ったか」

です。

商品別、顧客別、案件別に、

  • 売上
  • 材料費
  • 外注費
  • 物流費
  • 人件費
  • 粗利益

を把握する必要があります。

特に、長期間継続している取引ほど注意が必要です。

以前は利益が出ていた案件が、現在も利益が出ているとは限りません。


2.価格改定を「特別な交渉」にしない

日本では長い間、価格を据え置くことが取引先との良好な関係だと考えられてきました。

しかし、コストが継続的に変動する時代には、この考え方そのものを変える必要があります。

原材料、人件費、物流費、エネルギー価格などを定期的に確認し、

一定以上コストが変動したら価格を協議する

仕組みをつくる必要があります。

価格交渉を「値上げをお願いする場」から、

取引を持続可能にするための定期的な経営協議

へ変えていくことが重要です。


3.長期契約には「価格変動」を織り込む

建設、製造、保守、システム開発など、契約から納品まで時間がかかる仕事では特に重要です。

契約時点で、

  • 原材料価格
  • エネルギー価格
  • 人件費
  • 為替

などが一定以上変動した場合に、契約金額を再協議できる仕組みを検討すべきです。

建設業法の改正も、まさにこの方向を示しています。

これからは、

「価格を決めること」だけでなく、「価格が変動したときにどうするかを決めておくこと」

が契約管理の重要な要素になります。


4.コスト削減だけでなく、生産性を上げる

コストが上昇したからといって、単純に人件費を削る方法には限界があります。

人材不足の環境では、むしろ人材を確保するための賃上げが必要になるからです。

そこで必要になるのが、

  • AI
  • DX
  • 自動化
  • 業務標準化
  • 外部サービスの活用

による生産性向上です。

日本商工会議所の2026年の調査でも、人手不足への対応として「デジタル活用等による省力化」を挙げる企業は40.2%に達しています。

「人を減らすためのAI」ではなく、

限られた人員で、より大きな付加価値を生み出すためのAI

と考える必要があります。


5.資金繰りを早めにシミュレーションする

コスト高は利益だけでなく、資金繰りにも影響します。

たとえば、同じ100個の商品を仕入れる場合でも、単価が20%上昇すれば必要な運転資金も増えます。

売上が変わらなくても、

仕入れに必要な現金が増える

のです。

さらに価格転嫁には時間差があります。

仕入価格は今月上昇した。しかし販売価格を改定できるのは3か月後。

この3か月間は企業自身がコスト増加分を負担しなければなりません。

少なくとも6か月から12か月程度先まで、

  • 売上
  • 原価
  • 人件費
  • 借入返済
  • 資金残高

をシミュレーションしておくことが重要です。

資金が不足してから金融機関へ相談するのではなく、不足する可能性が見えた段階で動く必要があります。


「採用できる会社」だけでなく「利益を残せる会社」へ

これまで中小企業にとって、人材確保は最大級の経営課題でした。

その状況は現在も変わっていません。

しかし、そこに新たな問題が加わっています。

人件費が上がる。
原材料が上がる。
エネルギーが上がる。
物流費が上がる。
そして、そのすべてを販売価格へ転嫁できるとは限らない。

新潟市の企業調査で、「経費の増大」が「人材の確保」を上回ったことは、その変化を象徴しています。

これからの経営では、

「人を採れる会社か」

だけでは不十分です。

さらに、

「コストが上昇しても利益を残せる会社か」

が問われます。

人材確保、価格転嫁、生産性向上、契約管理、資金管理。

これらを別々の経営課題として考えるのではなく、一つの経営システムとして再設計することが必要です。

中小企業を取り巻く環境は明らかに変わっています。

今必要なのは、コストが元に戻るのを待つことではありません。

コストが変動し続けても利益を生み出せる経営体質へ変えること。

それが、これからの中小企業経営に求められる重要なテーマではないでしょうか。


参考情報