100兆個のAIエージェントが働く未来――中小企業は2040年から何を逆算すべきか

2026年7月に開催された「SoftBank World 2026」の特別講演で、ソフトバンクグループの孫正義氏は、AIが社会や企業経営を根底から変える未来像を示しました。
孫氏によれば、2040年には世界で100兆個クラスのAIエージェントが稼働し、物理的な仕事を担うヒューマノイドも10億体規模に達する可能性があります。
AIエージェントとは、人間の質問に答えるだけの生成AIではありません。与えられた目的に基づき、自ら情報を集め、考え、他のAIやシステムと連携し、業務を実行する存在です。
100兆個、10億体という予測が、そのまま実現するかどうかは分かりません。しかし、経営者にとって重要なのは、数字の正確さだけではありません。
AIが「人間を補助するツール」から、「自律的に仕事を進める主体」へ変わり始めていることを認識することです。
孫氏は、企業が本当に警戒すべき相手はAIそのものではなく、AIを使って競争力を高める企業であると指摘しました。
では、AIエージェントが爆発的に増えた未来に、中小企業の経営はどう変わるのでしょうか。
本稿では、AIエージェント時代に予想される企業の変化を、三つの企業像として整理してみたいと思います。
製造業は、製品だけでなく能力を提供する「ケイパビリティ・プロバイダー」へ。
建設業は、建物の生涯を支える「ビルディング・ライフサイクル・パートナー」へ。
サービス業は、顧客に最適な解決策を組み立てる「ソリューション・コンシェルジュ」へ。
以下は、孫氏の未来予測を起点に、私なりに描いた中小企業経営の未来像です。
AIエージェント同士が取引する時代
100兆個のAIエージェントが存在する世界では、企業の中に、さまざまな役割を持ったAIが配置されます。
営業エージェントは見込み客を探し、顧客ごとに提案を作成する。購買エージェントは複数の調達先を比較し、価格や納期を交渉する。製造エージェントは受注、在庫、設備の稼働状況を見ながら、生産計画を組み替える。
さらに、企業内部のAIだけでなく、顧客企業や取引先のAIとも直接やり取りするようになるでしょう。
顧客側の購買エージェントが要求条件を示し、供給側の営業エージェントが提案と見積もりを返す。設計、契約、決済、物流を担当するAIも参加し、条件が整えば取引が成立する。
市場は、人間同士が電話、メール、会議で調整する仕組みから、AIエージェント同士が常時探索、比較、交渉する仕組みへ変わる可能性があります。
この変化は、単なる業務効率化ではありません。
顧客の探し方、企業の選ばれ方、価格の決まり方、会社同士の連携、さらには経営者の役割まで変える構造的な変化です。
製造業は「ケイパビリティ・プロバイダー」へ
AIエージェント時代の製造業は、完成した製品だけを売る会社ではなくなります。
設備、技術、設計力、品質管理、検査能力、さらには工場の空いている時間まで、企業が持つ「製造能力」そのものが取引されるようになるでしょう。
顧客企業のAIから、図面、材質、精度、数量、希望納期などの条件が送られると、受注側のAIは、自社の設備能力、過去の加工実績、材料価格、外注先の状況を確認します。そのうえで、製造可能性、価格、納期、品質リスクを短時間で回答します。
将来は、「来週、この材料を、この精度で、200個加工できる」という生産能力が市場へ提示され、条件の合う案件と自動的に結び付けられるかもしれません。
製造業は、製品を売る会社から、設備、技術、経験、生産余力を提供する「ケイパビリティ・プロバイダー」へと変わっていきます。
これは、専門技術を持つ中小製造業にとって大きな機会です。
これまでは営業力や知名度が不足して届かなかった顧客にも、技術や設備能力そのものを発見してもらえる可能性があります。
また、地域の複数企業がAIによって連携すれば、一社では対応できない大型案件を、仮想的な一つの工場として受注することも考えられます。
一方で、優れた技術を持っていても、その能力がデータとして整理されておらず、AIから見えなければ、候補にすら入らない恐れがあります。
将来の製造業では、設備を保有していることだけでなく、その設備と技術の能力をAIが理解し、外部から検索・発注できる状態が重要な経営資産になるのです。
建設業は「ビルディング・ライフサイクル・パートナー」へ
建設業では、工事現場ごとにAIエージェントが置かれ、図面、工程、資材、人員、天候、安全情報を継続的に監視するようになるでしょう。
工程の遅れが予測されれば、作業順序や資材搬入を変更する。人員が不足すれば、協力会社の稼働状況を確認して代替案を示す。
現場監督は、すべての情報を自分で集め、細かな調整に追われるのではなく、AIが抽出した重要な問題の判断に集中するようになります。
そして、AIエージェントの役割は、建物の完成後も続きます。
建物に置かれたAIが、設備の劣化、エネルギー消費、利用状況、修繕履歴を監視し、必要な保守工事を予測する。建物側のAIが修繕会社のAIから見積もりを取り、所有者へ提案する。
そのような時代になれば、建設会社の仕事は「建てて引き渡す」ことで終わりません。
施工履歴と建物の状態を長期的に管理し、保守、修繕、改修、用途変更まで継続して支援する企業へ変わっていくでしょう。
昨今の地震災害、豪雨災害を考えると、故障や崩壊リスクを感知する神経系を持たないビルに住むことは、大きなリスクになると言えるでしょう。
建設業は、建物をつくる会社から、建物の生涯を支える「ビルディング・ライフサイクル・パートナー」へと進化するのです。
これは、売り切り型の受注産業から、顧客や建物と長期的な関係を築く継続型事業への転換でもあります。
サービス業は「ソリューション・コンシェルジュ」へ
サービス業では、顧客が会社や店を探す前に、顧客専属のAIエージェントが候補を選ぶようになる可能性があります。
個人のAIは、本人の好み、予算、予定、過去の利用履歴を踏まえてサービスを探します。企業の購買AIは、価格、実績、専門性、対応速度、契約条件などを比較し、条件に合う会社だけを担当者に提示します。
この世界では、サービス企業は人間だけでなく、顧客を代理するAIからも正確に理解され、信頼される必要があります。
しかし、変化は「AIから選ばれること」だけではありません。
将来のサービス企業は、あらかじめ決められた商品を一律に提供するのではなく、顧客の状況や目的に応じて、自社の専門家、外部の協力会社、デジタルコンテンツ、複数のAIを組み合わせ、その顧客に最適な解決策を設計するようになります。
研修会社であれば、全員に同じ研修を提供するのではなく、受講者の知識、役割、課題、学習履歴に応じて内容を組み替える。
採用支援会社であれば、求人広告だけでなく、人材要件の明確化、採用広報、選考、入社後の定着までを組み合わせる。
コンサルティング会社であれば、顧客企業の経営データを継続的に確認し、問題が深刻になる前に支援を提案する。
サービス業は、用意されたサービスを販売する「サービス・プロバイダー」から、顧客の目的を理解し、最適な解決策へ案内する「ソリューション・コンシェルジュ」へと変わっていきます。
AIが情報収集、分析、個別設計を担うほど、人間には、共感、安心感、責任、信頼関係といった価値が求められます。
AIと人間のどちらかを選ぶのではありません。AIの力を使いながら、人間にしか提供できない価値を組み合わせることが、サービス企業の競争力になります。
経営者は「判断する人」から「判断原則を設計する人」へ
AIエージェントが企業活動を担うようになると、経営者の仕事も変わります。
現在の経営者は、社内から上がってくる情報を確認し、多くの案件を個別に判断しています。
将来は、経営者が一つひとつ判断するのではなく、AIに対して、会社の目的、優先順位、許容できるリスク、禁止事項を与えることが重要になります。
例えば、AIに売上や利益の最大化だけを指示すれば、短期的な値上げや、顧客との長期的な信頼を損なう取引を選ぶかもしれません。
そこで必要になるのが、自社の判断原則です。
- 何のために事業を行うのか
- どのような顧客を支援するのか
- 顧客にどのような未来を提供したいのか
- 利益と顧客価値をどう両立させるのか
- 品質、安全、社員、地域社会をどう扱うのか
- 利益が出ても行わないことは何か
AI時代の経営者は、会社という船を直接操縦する人から、目的地と航行原則を定める設計者へ変わっていくでしょう。
世界観戦略は「AIに与える企業の憲法」になる
AIによって、文章、画像、企画、分析などを一定水準で作れる企業が増えれば、使用するツールだけでは差別化できなくなります。
だからこそ、「当社は何を目指すのか」「どのような未来を顧客と実現したいのか」という世界観が、これまで以上に重要になります。
世界観戦略は、人間に共感してもらうためのブランド戦略にとどまりません。
将来は、自社を代理して活動するAIエージェントに、目的、価値観、優先順位、禁止事項を与える「企業の憲法」になる可能性があります。
世界観が明確でなければ、AIは効率的に動けても、その会社らしく行動することはできません。
反対に、世界観が明確な企業は、営業、商品開発、顧客対応、採用、情報発信など、あらゆる場面でAIに一貫した判断をさせることができます。
AIが普及して各社の技術的な差が小さくなるほど、「何のためにAIを使うのか」という企業の世界観が、重要な差別化要因になるのです。
中小企業は未来から何を逆算すべきか
AIエージェント時代への備えといっても、今すぐ高度なAIシステムを導入する必要はありません。
まずは、情報収集、営業提案、見積もり、問い合わせ対応、社内文書の検索など、現在の業務でAIを活用し、効果を測ることが出発点です。
ただし、目の前の時間短縮だけで終わらせず、将来のAIエージェントが働ける経営基盤をつくるところまで進む必要があります。
1.自社の能力と業務情報を、AIが使えるデータにする
最初に必要なのは、紙の書類、個人のパソコン、担当者の頭の中に分散している情報をデジタル化し、AIが探し、関連付け、判断に利用できる状態へ変えることです。
製造業であれば、設備一覧や加工可能な材質・精度だけでは不十分です。
過去の図面、見積書、受注価格、実際にかかった材料費・加工時間・外注費、不良や手直しの記録までを、案件ごとに結び付けて保存する必要があります。
例えば、新しい図面が届いたとき、AIが過去の類似図面を探し、その案件の見積額、実績原価、製造工程、使用設備、発生した品質問題を参照できれば、見積もりの精度と速度は大きく向上します。
建設業であれば、設計図、施工写真、見積書、原価、工程表、作業日報、仕様変更の履歴、事故・ヒヤリハット、補修記録などを、工事案件や建物ごとに関連付けます。
サービス業であれば、提案書、契約内容、顧客との面談記録、提供したサービス、成果、顧客評価、追加要望などを、顧客や案件単位で蓄積します。
重要なのは、書類をPDFにして保存することだけではありません。
「どの条件の案件に、どの見積もりを出し、実際にはどの程度の原価がかかり、どのような問題が起き、最終的にどの程度の利益と顧客満足が得られたのか」を追跡できる状態にすることです。
さらに、数字や結果だけでなく、「なぜその価格にしたのか」「なぜ通常とは異なる工程を選んだのか」「なぜその顧客には別の提案をしたのか」という判断理由も残します。
将来のAIエージェントは、このような過去の判断と結果の組み合わせから学びます。
図面や見積書のデジタル化は、単なるペーパーレス化ではありません。企業に蓄積された経験を、検索可能で、比較可能で、再利用可能な知的資産へ変える取り組みなのです。
2.熟練者の判断を知的資産にする
ベテラン社員が、どのような状況で何を確認し、どのような基準で判断しているのかを記録します。
単に作業手順を動画に残すだけではありません。
- どのような兆候に注意するのか
- 通常と異なる場合に何を疑うのか
- 複数の方法から何を基準に選ぶのか
- 失敗しやすい条件は何か
- 例外が起きたとき、誰に確認するのか
こうした判断の背景まで言語化します。
AI時代に価値を持つのは、単なる情報量ではなく、長年の経験から生まれた質の高い判断の蓄積です。
3.商品・サービスを組み替え可能にする
商品やサービスを小さな単位に分け、顧客の要求に応じて組み合わせられるようにします。
製造業なら、設計、加工、表面処理、検査、組立。建設業なら、調査、設計、施工、保守、修繕。サービス業なら、診断、企画、実行支援、研修、効果測定などに分解できます。
それぞれの内容、価格、必要期間、適用条件を整理しておけば、顧客のAIから個別の要望が届いたとき、最適な組み合わせを短時間で提案できます。
4.企業ネットワークをつくる
一社ですべてを抱えるのではなく、他社の技術やサービスと連携できる状態をつくります。
自社だけでは対応できない案件でも、どの企業が、どの技術を持ち、どの条件で協力できるかがデータとして分かれば、AIが最適な企業チームを組成できるようになります。
つくばのように、研究機関、大学、技術系企業、製造業、建設業、IT企業、行政が集積する地域では、AIを介して地域の能力を結び付けることが、新たな競争力になるでしょう。
一社の規模を大きくするだけでなく、地域の専門企業がつながり、全体として大企業に対抗できる体制をつくる発想が必要です。
5.AIに与える権限と責任を決める
AIに情報収集だけを任せるのか、提案まで認めるのか、人間の承認後に実行させるのか、一定条件内で自律的に行動させるのかを、業務ごとに決めます。
例えば、見積書の下書きはAIに任せても、一定金額以上の値引きは経営者が承認する。通常材料の発注は自動化しても、新規取引先への発注は人間が確認する、といった設計です。
自動発注の金額上限、外部へ開示できる情報、契約時に必要な承認、誤判断が起きた場合の責任、判断履歴の保存方法などを、今から段階的に整える必要があります。
2040年から現在を考える
孫氏の講演から中小企業が受け取るべきなのは、100兆個という巨大な数字そのものではありません。
重要なのは、将来の変化を自社の問題として捉え、未来から現在の行動を逆算することです。
製造業は、製品だけでなく能力を提供する「ケイパビリティ・プロバイダー」へ。
建設業は、建物の生涯を支える「ビルディング・ライフサイクル・パートナー」へ。
サービス業は、顧客に最適な解決策を組み立てる「ソリューション・コンシェルジュ」へ。
このような未来を見据えると、現在行うべきことも見えてきます。
AIを学び、小さな業務から活用する。図面、見積書、原価、工程、品質記録をデジタル化し、自社の経験をAIが利用できる知的資産へ変える。商品やサービスを組み替え可能にする。他社と連携できる基盤をつくる。そして、自社が何を目指し、何を大切にする企業なのかを明確にする。
AIエージェントが経済活動の主役になる世界で問われるのは、単に「AIを導入しているか」ではありません。
AIエージェントが企業や顧客を代理する時代に、自社はどのような存在として選ばれるのか。
中小企業のAI戦略は、この問いから始める必要があります。
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参考動画
※本稿の2040年に向けた業界別予測および中小企業への提言は、上記講演を起点として、伴走パートナーズが独自に考察したものです。

